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2019年3月23日 (土)

2018年度3学期終了式

3月20日終了式には、教頭先生のお話を聞きました。

 

2018年度の締めくくりが今日になるわけですが、その節目に際して今日は「学ぶこと」と「日々を送ること」の2つについてお話ししたいと思います。

私はみなさんの「学ぶ」姿勢について、「いいな」と思うところと「こういう部分をプラスすると、さらによくなるな」と思うところとがあります。

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「いいな」と思うところは、大きく二点あります。一つは、とにかく他者の意見をまず謙虚に、そしてしっかりと受け止める姿勢があるということです。それを最も強く感じるのはさまざまな「講演会」です。

神奈川学園は、学校外の方のお話を聞く機会もたいへん多い学校です。・・・お話をしっかり聞くということは、単に「お行儀が良い」ということを超えて、みなさん一人ひとりが一人の人間として、しっかりと相手の存在を受け止めるという姿勢を示すことだと考えています。

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もう一つは、相手の思いを受け止め、感じ取る「感性の高さ」です。

それは多くの場合、講演会の後にみなさんが記す感想の中でも感じ取れます。その一つとして、高校1年生の国内FWの四万十川方面である人が書いた感想を紹介します。

四万十で印象に残ったことはいくつかあります。

一つ目は、一日目によって西土佐という道の駅で大高さんがおっしゃっていた言葉です。それは、「過疎化についてどう思いますか?」という質問について大高さんは「寂しいだけです。」とおっしゃっていました。その表情と声のトーンは本当に寂しさを物語っていて、私はなんとも表しきれない気持ちになりました。もし私が住んでいる地域の過疎化がさらに進み、もし限界集落とまでなってしまったら、私も大高さんと同じように寂しさを感じると思います。何かしたくても人口と若者が少なく、行動したくても行動できないもどかしさと戦うことになるのではと思いました。また、大高さんは「食という言葉は人を良くすると書く」と言っていました。農村部がしっかりしていないと、都会が働かないと言っていました。確かに、農村部で私たちが食べるものが作られていてそこが成立しないと私たちのところまで届かないので農村部を成立したままでいることが大事だと思います。今はふるさと納税などで過疎地を活性化させようといった風潮がある気がするのですが、実際ふるさと納税をするよりも少し高くても現地のものを買うことのほうが直接的だと思いました。

 

このような、相手の気持ちに寄り添う共感力も、みなさんに共通する大きな特徴、良い点だと感じます。

 

さて、それでは、「さらに付け加えるべき点」は何でしょうか。

それを考えるヒントとして、次は先輩の言葉から考えたいと思います。

今年も3月1日に、高校3年生の卒業式が行われました。卒業生の言葉の中から「総合学習」について語った先輩の言葉を紹介します。

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私はこの先輩の言葉を「すごいなあ」と感動をもって聞いていました。

彼女は自分がもっていた問題意識を、さまざまな経験の中でつなげ、どんどん深く掘り下げていっています。

今も続く福島の原発事故への問題意識が、中学3年のときの国内FW水俣とつながったこと。それが海外研修でNZへの選択につながり、エネルギー政策を考えることへと発展したこと。さらに高2・探究では「労働問題」にまでつながっていったこと……。この問題意識のつながりと深まりに、「学ぶ」「考える」ということの姿勢が集約されているように感じます。

 

この深まりを可能にしたのは何だったのでしょうか。私は二つの要素があると考えています。

一つは、問題意識を自分の中にしっかりともっていたこと。彼女の場合は「原発事故」についてでした。そしてもう一つは、学んだことをその都度別々のことと考えるのではなく、自分の中でつなげていったことです。

こうした姿勢を、ぜひみなさん一人ひとりにもってほしいな、と思います。

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さて、もう一つは、日々を送ることについてです。毎年この時期にお話ししていることですが、毎日を「普通に送ること」は「当たり前」ではない、ということです。

先ほどの先輩が問題意識のもととなっていたのは「東日本大震災」でした。みなさんとは3月9日にお手紙という形でいっしょに考えましたが、震災からは8年が経ちました。みなさん自身も5歳から9歳くらいだったので、明確な記憶がある人もいれば必ずしもそうでない人もいると思います。でも、その中で私たちが実感したのは、例えばこうして「普通に」お話ししていること、それをみなさんが落ち着いてしっかり聞ける状態であること、プレゼンやマイクを使うための電気が通っていること、そうしたことは決して「当たり前」ではない、ということでした。

 

「一期一会」という言葉があります。今、出会っているこの出会いと同じ出会いは、瞬間瞬間のものであって、二度と同じ瞬間は訪れない、ということです。たとえ同じ人と会ったとしても、今日の出会いと明日の出会いは同じではない。

そうした思いももちながら、私自身もみなさんに今、話してきたつもりです。

 

今日で3学期、そしてこの1年間は終わりです。みなさんは、この1年間にさまざまな経験を重ねてきたことでしょう。それはもしかするとみなさんの中には「当たり前の一場面」として残っているのかもしれません。しかし、それは決して「当たり前」ではありません。

もう一度、この節目に振り返ってみましょう。