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2019年3月28日 (木)

多磨全生園フィールドワーク

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3月26日、清瀬市にある国立ハンセン病資料館と多磨全生園を高校1年生有志9名と教員13名が訪れました。このフィールドワークは、高校1年生の現代社会の授業でハンセン病を学んだことがきっかけで開催されました。わずか2時間の現代社会の授業でしたが、その授業でハンセン病に興味を持った生徒が「多磨全生園を訪れてみたい」と教員に希望を伝え、教員の研修を兼ねて実現したものです。訪れてみると、ハンセン病についてあまりにも知られていないことに驚きました。偏見や差別をどのように乗り越えるかも含め、人権を考える一日となりました。

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10時に資料館前に集合し、元ハンセン病患者の平沢保治さんの講演ビデオを見ることからフィールドワークは始まりました。かつて癩(らい)病と呼ばれ、不治の病とされていたハンセン病。癩予防法により、強制的に隔離され、触れたところや座った場所には徹底して消毒液が撒かれました。患者だけでなく、その家族にも偏見や差別の目は向けられました。療養所では八畳の部屋に12名が暮らすことになったり、重監房と呼ばれる全く陽の指さない小部屋で暮らさざるを得ない人たちがいました。何よりも辛かったのが、子孫を残さないために断種や中絶が当たり前のように行われていたことです。平沢さんの講演ビデオを見た後、学芸員の大高さんにガイダンスをしていただきました。「癩病が治る病気になっても偏見は続いた」と聞き、当時人間としての尊厳を奪われた方々の心の傷の深さを思いました。

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資料館内の見学です。歴史を学ぶ展示室から、実際の生活がどのように過酷であったかを知るための展示室2、生き抜いた証を学ぶ展示室3に分かれています。実際の暮らしを再現した模型にじっと見入り、写真から見られる当時の様子を言葉少なに見学していた生徒たちです。

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「療養所は本来病気を治す場であるのに、ここは刑務所のような施設で、死んでいくのを待つ場所だったのではないか」という指摘があると学びながら、差別を生み出すものを考えました。展示室3の冒頭に掲げられた「舌読」の写真は、失明してからも読書を諦めず、舌や唇を用いて文字を読み取ろうとする姿を示していました。この写真はハンセン病の症状の辛さを示しつつも、人間の持つ力や可能性を示すものでもありました。

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「もっとじっくり資料館が見たい」という声が出るほど、充実した展示を後にし、昼食場所へと向かいました。その途中、「人権の森」で納骨堂にお参りをしました。園内にはいくつも碑が建っています。人権という言葉の意味を考えながら、静かな森を歩きました。

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昼食は、映画『あん』にも登場した「なごみ」というお店でいただきました。映画ロケの様子が分かるコーナーもありました。名物の釜めしやぜんざいを食べ、大満足の生徒たちです。

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昼食後、10年にわたって神奈川学園が講演でお世話になった森元美代治さんとお話をしました。今は足を怪我されており、遠くに行くことは難しくなったため、今年度の高校1年生はお話を聞くことができませんでした。森元さんは「今まで講演をしてきた学校の中では特に印象深いです。神奈川学園の生徒からは必ず質問が出て、そのやり取りが面白かった」とあたたかい言葉をかけてくださいました。

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午後になり、園内を散歩しながら花さき保育園を訪ねました。園内施設でもあり、入所者の方が遊びに来た時に子どもたちの様子が分かるようにガラス張りの保育室になっています。年齢の離れた交流ですが、歩くのが不自由な入所者の方を自然に手伝うため、小学校に入学した後も自然に車椅子を押すことができる子どもさんもいるそうです。日常が繋がっていることが感じられるお話でした。

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最後に訪れたのが、宗教地区です。キリスト教の各宗派、仏教の宗派が隣り合わせに建っています。心の安寧を求めた入所者の方が建てたものであり、そこにもハンセン病患者の方の苦しさを思いました。

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園内の桜は3分咲きでした。ここは桜の名所でもあります。沢山の人がこの場所を訪れ、過去に何が起きていたか、現在にまで続いている問題は何かを考えるのではないかと思いました。「自分ごとになった時に偏見や差別が顔を出す」という言葉を今日学びました。今後、様々な問題が自分ごとになる時、心の中に存在するであろう偏見や差別をどのように乗り越えていくのか、大きな宿題を受け取ったフィールドワークでした。