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2020年2月13日 (木)

《高校1年》 国内FW 岩手・宮城方面

【1日目】

 朝7時過ぎ、東京駅に集合しました。

 新幹線で岩手県の新花巻駅に到着した後、バスで沿岸の釜石にある陸中海岸グランドホテルに向かい、昼食の海鮮丼をいただきました。

 午後は、大槌に向かいました。震災時に大きな被害を受けた大槌町の町役場の震災遺構は、2019年に取り壊され、その跡地にはお地蔵様があります。ここで、「おらが大槌夢広場」の神谷さんからお話を伺い、大槌町を歩いて、当時人々がどのようなルートをたどって高台まで避難したのかを、自分たちの足で歩きながら確かめました。まず、お地蔵様の前で、みんなで黙祷をしました。その意味を神谷さんは、東日本大震災で犠牲になった方々、大切な人を失う悲しさに向き合い続けなければいけない人々双方に思いを馳せるため、とおっしゃっていました。

 FWで現地に訪れる意味を、その言葉から強く感じた人が多くいました。これから始まる4日間の研修が、自分たちにとっても覚悟を要するものであるという自覚を持つことが出来ました。

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震災当日のさまざまな人々の想いや動き、あの日以降、今も癒えないトラウマに苦しみ続ける人たちのこと、大槌町に残り、復興を目指す方たちの地元への深く暖かい思い…、たくさんのことを大槌の町を歩きながら神谷さんはお話しされました。

その後、町の文化交流センターに行き、「決断のワークショップ」をしました。

神谷さんはまず、「判断」と「決断」の違いを話してくれました。合理的な判断が可能で、共通の「正解」を導きだすことのできる「判断」と、避けることができず、同時に「正解」を誰かに、何かに基準を求めることができない苦しさの中でそれでも答えなくてはいけない「決断」。そして、震災から今日までの日々は「決断」を迫られる連続であり、「私にとって、『復興』はもう『決断』を迫られなくてすむ状況かもしれません」とおっしゃっていました。ワークショップは、5,6人のグループに分かれて、個人としての答え、グループとしての答えを出していくものでした。命の危機が迫る中で、救うべき命は選ばなくてはいけない状況があった時の決断、「震災遺構」の保存をめぐって町が二つに割れた時、町長という行政の責任者として下すべき決断、ワークショップで私たちに課せられた課題は、どれも深く考えこまざるをえない、容易に答えを出すことのできないものばかりでした。そのような極限状況を想像して泣き出してしまう人も多くいました。同時に、当時は同様の決断を一瞬のうちに下さなければならなかった人もいたのだと実感し、その後の震災学習に対する取り組み方を大きく変えるものになりました。

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 【2日目】

バスで釜石駅に向かい、三陸鉄道南リアス線(震災学習列車)で盛駅に向かいました。車内では、ガイドさん自身の体験談や、それぞれの湾の特徴や震災時のことについて詳しくお話をうかがいました。トンネルと湾が交互に繰り返され、リアス式海岸の様子を実際に感じることができました。車窓から見える海はキラキラと光り、とてもきれいでした。

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陸前高田に移動して、ガイドの菅野コハルさんから様々なお話を聞きました。

まず陸前高田の広田湾を一望する高台に建つ普門寺に向かいました。立派な杉の巨木の参道、静寂な佇まいの庭や三重塔など、見どころの多いお寺です。敷地内には震災の犠牲者の鎮魂を祈り、高田松原の倒木を使って長野市の善光寺が制作した親子地蔵や、五百羅漢が置かれていました。本堂には震災で亡くなって引き取り手のない無縁仏となった方の遺骨が8年経った現在もまだそのまま置かれていました。その後も、バスで市内を走り、奇跡の一本松や気仙中学校を見ながら当時の様子を伺いました。

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その後、陸前高田の市役所に向かいました。市役所はまだプレハブの仮設庁舎で、震災の傷跡の深さがうかがえます。市役所で陸前高田市の戸羽太市長からお話をうかがいました。市長就任直後に東日本大震災に遭遇し、陸前高田の復興を担わなくてはならかった戸羽さん。世界で環境問題への取り組みが進まない背景として、日本と他の先進諸国の自然災害リスクの大きな差について提示され、この国で生きる我々にとって、自然災害に向き合うことがどれだけ切実な問題なのかをお話しされました。東日本大震災で得られた教訓は全ての人にとって大きな意味を持つという指摘は、とても重く響きました。被害を大きくした原因の一つとして事前の被害想定の甘さがあり、正しい情報の大切さを感じたお話、復興を阻む問題の背景に法律や国と地方自治体の関係性があり、その間に立つ難しさなど、復興の問題を重層的に考える視点が得られました。

市長ご自身が震災に遭う中で、「決断」の重みを感じたお話をされました。震災直後、家族の安否を確認にいくことと、災害対策の前線で指示をしなくてはいけない役割の二つで悩んだ戸羽さん。後者を「決断」したことを、奥様を失った今、後悔しているという言葉は、前日の神谷さんの「決断のワークショップ」にもつながる痛切なメッセージでした。

復興に向き合う中で学んだことは「誰かに頼ること」。他者を信頼し、協力を求めることができることの意味や強さを学んだという言葉は、普遍的な意味を持っていると感じます。

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2日目最後は、宿泊先のホテル観洋の女将・阿部憲子さんからお話を頂きました。ホテルは震災時に2階まで浸水しましたが上層階は無事でした。女将さんが中心となり、従業員のみなさんと協力しながら、被災した方々をホテルに迎え、マニュアルにとらわれず臨機応変に対応されたお話をうかがいました。震災直後からの数か月の生活の困難さは、本当にすさまじいものがありました。しかし、そんな中で、復興後の町の再建を担う子どもたちを、まず何よりも大切にするためにホテル内に図書コーナーや、塾を開いたお話など、強い意志や価値観を示されたお話が印象に残りました。「千年に一度の震災は、千年に一度の学びの場」、災害から学ぶこのFWの意味を、再認識させていただくお話でした。

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 【3日目】

午前中は、ボランティア活動で漁業のお手伝いをしました。ホタテの養殖につかう網を、掃除し、整理する作業をお手伝いさせて頂きました。3時間ほどの作業でしたが、天気にも恵まれ、漁師さんの気さくなお人柄もあり、楽しみながら作業することができました。一方、この作業をボランティアがなければ、数名でしなくてはならないといけないのかと、漁業などでの人手不足、東北沿岸部の高齢化や人口減少問題の深刻さを感じました。

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午後は、ホテル観洋のガイドさんから南三陸全体の語り部ツアーをして頂きました。特に震災遺構である高野会館では、普段立ち入りのできない建物内部まで案内していただき、津波の威力を実感することができました。震災遺構については、事前学習から時間をかけて学び、考えてきました。震災遺構が残ることで苦しむ人々の気持ちがあることを知る一方で、災害によって変化した建造物を見ることは、その力の大きさを本当に強く私たちに物語り、考えさせてくれることを、初めて震災遺構の内部に入ることで感じました。

その後、気仙沼のリアスアーク美術館に向かいました。この美術館では東日本大震災を未来に伝える展示を行っています。200点以上もの写真、150点以上の被災物それぞれに小さなコメントがつけられていて、ひとつひとつのモノにはそれぞれ人の営みがあったのだなと思い知らされました。

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夜は、翌日のプレゼンのために各グループでスライド作りをしました。それぞれ与えられた問いに対して、自分たちなりの答えを出していきます。どの問いも簡単に答えが出ない難しい問いですが、どの班も、どの生徒も真剣に発表の準備を進めている姿が印象的でした。この研修を通して学んだ「話し合うことの大切さ」「問題を自分事として考え、真摯に向き合う意味」が、共有された時間でした。

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 【4日目】

午前中はさんさん商店街を訪問し、会長の阿部さんからお話を頂きました。商店街がモノを売り買いする場というだけではなく、人々の再会の場として機能したお話や、職住一体だった生活が、職住分離になっていろいろな問題があることなど、それまで考えもつかなかったお話をうかがいました。

お話の後は、それぞれ買い物と昼食の時間を取りました。海産物で埋め尽くされたキラキラ丼を食べたり、ご当地キャラクターのオクトパス君を購入したり、思い思いに楽しんでいました。

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 午後は、東北大学の藤本先生に、これまでの学習の成果を聞いて頂きました。生徒たちは、震災遺構、盛り土と復興、地域経済と産業などについて全部で6つのグループに分かれてプレゼンを行いました。この4日間、様々なお話を聞いたり、体験をしたりしてきましたが、短い期間では消化しきれないほど多くのことを学ぶことができました。あまりに多くのことを学び過ぎて十分に消化しきれなかった部分もありましたが、藤本先生には生徒の発表に対するコメントを頂くとともに、問題解決のヒントとなるようなお話をうかがいました。

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長いようであっという間だった4日間、今回お話をしてくださった方みなさんがおっしゃっていたのは「自分の命を守ることが、大切な人の命を守ることにつながるのだ」ということです。いつどこで大地震が起こるかわからない日本で生きる私たちですが、今回のフィールドワークで学んだことを、自分で生かすのはもちろんのこと、身近な人に伝えて共有していくことの大切さを学びました。

今後、生徒は今回の体験を踏まえて、最終レポートを仕上げていきます。