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2021年10月12日 (火)

高1FW  沖縄方面:柳川たづ江さん講演会

 10月7日(木)、高1フィールドワークの沖縄方面は、沖縄戦の生存者の1人であった故・日比野勝廣さんの娘である柳川たづ江さんをお招きして、講演会をおこないました。柳川さんは、腹話術人形のふくちゃんとの掛け合いを通して、父である日比野さんの戦争体験を学校や公共施設で語り継ぐ活動をされています。

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 日比野さんは沖縄戦で、体に爆弾を巻き付けて敵の戦車に突っ込む肉薄攻撃の配置班長でした。「自分の命令で仲間が死んでしまう。指先一つで殺してしまった」と戦後もずっと苦しんでいたそうです。沖縄戦で負傷して破傷風を患った日比野さんは、昭和20年5月、陸軍病院分室があった沖縄県南城市の糸数アブチラガマに身を寄せましたが、戦況悪化で病院が撤退する際に他の重傷者と置き去りにされました。暗闇で一人また一人と亡くなる中、地下水やわずかな食料で命をつなぎ、3か月後の8月に投降しました。ガマ(洞窟)の中に150名いた負傷兵は、最後は9名にまで減っていたそうです。

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 戦後、2009年に85歳で逝去されるまで、日比野さんはPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しみながら、100回以上沖縄を訪問し、沖縄戦で犠牲になった兵士・住民への供養を続けました。そして亡くなる前年の2008年に、戦場での手記をまとめた「今なお、屍と生きる」を出版しました。普段は涙を見せることがほとんどなかったという日比野さんが、ガマの中では涙を隠さず、「次は戦争のない平和な時代に産んでもらえるよう母親に頼もうや」と死んでいった仲間を思い、語りかけていたそうです。「心の中に平和の砦を築くこと」とおっしゃった柳川さんの言葉が印象的でした。