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2021年12月 8日 (水)

高2FW  沖縄方面:戦後76年の今、「戦争」と「米軍基地」を考える旅

高校2年生は、昨年度1年間かけて学習した国内フィールドワークに出かけました。11月8日から11日までの4日間で、一人ひとりが学びを深め、現代社会の諸問題に向き合いました。今回のブログでは沖縄方面の学びを紹介します。

 

<1日目>  中部基地見学―佐喜眞美術館―新垣さん講演

 

初日は、中部の基地を見学する行程です。沖縄市をぐるりと一望できる嘉数高台では、市史編纂の仕事をしていらっしゃる川満彰さんから、「沖縄戦について」、「米軍の上陸から南部での地上戦について」、「戦中から戦後の話」を伺いました。普天間基地を望む場に立つと、訓練のために戦闘機が轟音を立てながら上空を飛行している様子がよく分かります。その後、佐喜眞美術館へと移動し、丸木位里・俊作作「沖縄戦の図」を鑑賞しました。作品の迫力に圧倒されるとともに、絵の解釈を上間さんから説明を受け、そこに込められた深い鎮魂と洞察、生への決意を生徒たちは感じ取っていました。その後、屋上から普天間基地を見学しました。

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見学後、ホテルで新垣由紀さんのご講演をお聴きしました。新垣さんは、若梅会に所属して、中山きく先生をはじめとする元白梅学徒隊の方々のお話を継承する活動をしています。学徒隊にいらした方々一人ひとりのお人柄も踏まえながら、当時の光景を余すことなくお話をして下さいました。生徒たちにとっては、同世代の女子学生がどのような思いで戦争に巻き込まれ、生命が脅かされる危険を越えて生きてこられたのかがとても伝わってきました。

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<生徒の感想より>

私は今日のお話を聞いて、白梅学徒隊として従軍し沖縄戦に参加した女性たちが、自分と同じ女の子だったのだということを痛感しました。戦争の話を聞いたり、資料映像を見たときも、同世代の女の子たちのはずなのに、どこか違う世界の話を聞いているような気持ちでした。でも実際は、もんぺの生地とカバンを組み合わせておしゃれを楽しんだり、学校に持ってきてはいけないものを持ってきて交換するなど、今日の女子学生と同じ価値観を持って、夢を持って生きていて、今まで聞いてきたどの講演よりも戦争というものを身近に、そしてリアルに感じることができました。きくさんが大好きだった英語の授業が、国の教育方針によって無くなってしまった話を聞いて、憧れの制服もヘアスタイルも制限された中で更に好きなことを奪われてしまうことの無慈悲さに、戦争の冷徹さを感じました。また、皇民化教育の中で、国際法の存在を教えられておらず、米軍に保護された後も、自分たちこれからどうなってしまうのかわからない恐怖にさいなまされていたことも衝撃でした。教育の重要性を再確認できました。自分が今、急に看護教育をされて白梅学徒隊の人々と同じ状況に立たされた時、とても自分の役割ができるとは想像できませんが、それを行った、きくさんたちが「お国のために」と考えたのは、そのような教育の結果なのだと思いました。

 私には、新垣さんの投げた「沖縄戦とは何だったのか」という問いの完璧な答えが分かりません。模範解答があるとは思えませんが、想像ができないほどに、残酷で、凄惨で、極限の状態であったことは想像に難くありませんでした。友達や大切な人が次々と亡くなっていくことも、自分が間接的に手を下すことも自分には想像できないけれど、このような事態が再び起こらないためにも、改めて歴史を知ること、考えることの大切さを強く実感することができました。

 

 

<2日目>  南部戦跡見学―ひめゆり資料館―琉球舞踊見学

 

2日目は沖縄戦の中で、想像を絶する地上戦があった南部戦跡の見学でした。2つのグループに分かれて、糸数のアブチラガマの中に入り、その当時のガマの中での戦時中の暮らしぶりとその戦況についてお話を頂きながら、懐中電灯の光を消して、暗闇を実際に体験することで、実際のガマでの空気感を味わいました。白梅の塔、魂魄の塔、ひめゆりの塔など学徒隊の足跡を辿ることで当時の女学生の気持ちを想像する時間でした。

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ひめゆり資料館を見学後、平和祈念公園に移動し、平和の礎と韓国人慰霊の塔を見学しました。2日目の最後は、琉球舞踊うどいを鑑賞し、最後には一緒に踊り、沖縄文化を肌で感じました。

 

<生徒の感想より>

今日はたくさんのところに行きましたが、最も印象に残ったのは初めのアブチラガマでした。まず、洞窟の中に入った時に、暗いなと思いながら進んでいくうちに、でこぼこの地が長すぎて驚きました。そんな暗くて滑りやすい道を当時では明かりもない中で、どうやって歩いたのか想像さえ出来ませんでした。そして洞窟の中は湿度が高く、室温も高かったので、当時負傷者を手当てできるようなきれいな環境でもなかったはずで、想像するだけでも耐えられませんでした。洞窟内で川満さんが話して下さったエピソードで「隣を見れば屍体にうじ虫が湧いて日に日に白骨化していくのを見た」との説明が生々しくて、もし私がその場にいたらと思ってもまったく想像できませんでした。また、出入り口に最も近くに住んでいたのは住民だと聞いたときに、住民を盾扱いしていると気づき、心が寒くなりました。その次に印象が深かったのは資料館です。当時ひめゆり学徒隊で亡くなった生徒の像をたくさん並べて、いつ死んだのか、どのように死んだのかをとても詳しく表記されてあったことに驚きを覚えました。また、館内に置かれている本人たちのエピソードで身体の部位の切断をされた話、目の前で人が死んでいく様子が鮮明に書かれているものも心の中から悲しみと、言い切れない感情がわきました。最後に韓国人慰霊碑で「強制的」という言葉を使ったのは、日本が自覚すべきことではないかと思いました。今日、川満さんが最後に「平和とは何か?」という質問を投げかけました。私は本当に今までそのようなことを考えたことがなかったので、自分の無知に気づかされました。また、「勉強とは何なのか」についても、私は「良い大学に入り、良い職について幸せな人生を送るため」という考えでした。しかし、それは平和な世界にであるからこそ成り立つのであって、当時の人々にとってはそれどころではありません。後世のために戦ったり、生きようとしていたことに、「今の自分は何だろう」と思いました。しっかりと努力して、彼らが得られなかった平和というものを築きたいと思います。

 

<3日目>

 

3日目は穏やかな晴天で、瀬嵩の海でのカヌー体験とビーチコーミングを行いました。。海底火山噴火の影響による軽石が漂着していましたが、砂浜でカヌーの操縦についての説明を受け、早速海へと繰り出しました。2019年に日本初のホープ・スポットに認定されたその海はとても美しく、沖合にサンゴ礁があるために、大きな波が立つこともなく、穏やかな表情を見せていました。生徒たちは2人乗りのカヌーに乗り込み、慣れない手さばきながら、少しずつ海岸を離れ、サンゴを見ることができるスポットまで全員で移動しました。戻るときには、岩場の間をくぐりながら浜辺へとたどり着くことができました。その後は、浜辺を歩きながら、一人ひとりがお気に入りの貝がらを探し、たった一つだけの首飾りを作りました。

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午後には、沖縄の伝統工芸の1つである、紅型の体験を実施しました。事前に選んでいた図柄に色を塗り込み、乾燥させてはまた色を塗り込み、隈取なども行う根気のいる作業でしたが、生徒たちは丁寧に取り組んでいました。配色の仕方は、一人ひとりの個性が出ていて、自分だけの作品を仕上げることができました。最後のプログラムでは、東恩納琢磨さんの案内で、米軍基地との境界にあるフェンスから夕陽に少しずつ海の色を変化させ始めた辺野古の海を眺めました。現在の辺野古の海の状況の説明を受け、希望を捨てずに声を上げていくことの大切さを伺いました。

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<生徒の感想より>

今日は、まずカヌー体験をしました。思っていたよりもボートを漕ぐのに力が要り、とても大変だったけれど、沖縄のきれいな海の上で貴重な体験をすることができたので、楽しかったです。次に作った貝のネックレスも、今まで自分で拾った貝を使ってアクセサリーを作ったことがなかったので、とても嬉しかったです。紅型体験は、色を塗って乾かす、という地道な作業だったので、途中で少し集中力を欠いてしまったけれど、無事に最後まで完成させることができてよかったと思います。家で最終的な完成品を見るのが楽しみです。

そして、最後にお話しを伺った東恩納さんのお話で、印象に残ったことが2つあります。1つ目は、「どうしたら戦争を止めることができるのか」ということです。確かに基地を置くだけでは、敵の国も自ずと基地を対抗して作ってしまい、最終的には戦争が起きてしまいます。止めるためには、米国だけを頼るのではなく、他国との信頼関係を作ることが大切という言葉を聞いて、とても納得しました。基地を作って米国に身を任せているだけではなく、日本という国を他国から信頼してもらえるように、自然環境などの守るべきところは守るということが、とても大事になるのだと思い、政治的な問題と環境問題のつながりを感じられ、とても驚きました。2つ目は「世論が基地を作っている」ということです。私自身、今も辺野古に基地を作ることに対して反対ですが、実際にこの基地は完成すると思うかという問いに対しては「はい」と答えてしまいました。沖縄に来て、実際にあの工事が行われている様子やフェンスを見て。現実的に、基地はいずれ政府の力によって完成されてしまう…と思ったけれど、東恩納さんの「そういう人たちがいるから基地は作られたんだ」という強い言葉に、私はしばらく何も考えることができませんでした。そのあとに、「私たちはまだ諦めてません」というお言葉を聞いたときに、自分自身の沖縄基地問題に対する消極的な考えは捨てようと強く思いました。そして今日のお話から得たことを探究でさらに深めていこうと思いました。

 

 

<4日目>  コース別行動(玉陵・首里城見学・沖縄タイムス訪問)

 

 最終日は快晴で、沖縄らしい日差しを感じることができました。玉陵・首里城見学のコースでは、自分たちの足で歩いて、歴史的なお話や、沖縄戦にまつわるお話などをガイドの方から興味深く聞きました。また、戦後史・メディアについて学習するコースでは沖縄タイムス社を訪問し、ここまで学習した内容をまとめ発表をする体験をしました。

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 国際通りで2つのコースが合流し、昼食や買い物を楽しみました。その後、船員会館でグループに分かれて、今回のフィールドワークで自分が1番印象に残った場所、人について語る時間を設けました。一人ひとりが感じたことを、まとめながら、他のメンバーにしっかりと伝えていました。

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<生徒の感想より>

沖縄タイムスで福元さんのお話を伺って、基地問題を考える重要性を改めて感じました。今までは米兵の事件よりも、オスプレイやヘリの事故の印象が強く、怖いと思っていたけれど、普通に生活しているだけで巻き込まれるし、いつ自分が当事者になるか分からないし、もしかしたら自分のことを守ることができないかもしれない、と思うと他人事だなんて考えるのはおかしいと改めて思いました。同じ日本に住んでいるのに、沖縄だけ基地問題という重荷を背負うのはおかしいと思うし、そもそもその重荷は必要ではないと思います。また、小学校では上空のヘリやオスプレイで授業などが中断されることもあると聞いて、どうして私たちが避難しなければいけないのだろうと思ったし、それに対して日本政府は避難用の屋根を作ったと聞き、問題解決の仕方が間違っていると思いました。もともとここは沖縄であり、米軍のための場所ではありません。それなのになぜ政府は、訓練の規制や基地の撤廃を行わず、原因をなくそうとしないのだ、と憤りを感じました。また、安全保障条約は役立っているかという調査で、80%が「役立っている」と答えたことにとても驚きました。沖縄以外に住む人たちは、「基地があることで日本が守られている」と思っているのだなと感じ、表面でしか問題を見ていないのだなと痛感させられました。良い面だけを見て信じるのではなく、デメリットもきちんと知った上で、私たちは安全保障条約が本当に役立っているのか、もう一度考えるべきだと思います。これは基地問題だけに当てはまることではなく、他の社会問題にも当てはまることだと思うので、ただ「知る」といっても、良い面を見てすぐ信じるのではなく、メリット・デメリット両方を見て判断するべきだと思うし、自分で考えたことを周りに発信していくことがとても重要だと感じました。

 

 

今日は玉陵に行って初めて王のお墓について学びました。今まで一度も学んだことがなかったので、どんな形なのか想像もできなかったのですが、意外と大きくて、目立っていたことに驚きました。森の緑の中に真っ白なお墓を作ったのは、それだけ特別な意味を持っていたのだろうなと思いました。首里城では一番大きな門だけが燃えたのだと思っていたけれど、実はたくさん燃えてしまっていて、自分が前に行った時と全然違っていて驚きました。首里城は世界遺産に登録されていて、守らなければいけないものなのに、燃えてしまいました。でも私はその原因を覚えていなかったので、そうやってまた同じことが繰り返されたり、風化してしまうのだと思いました。グループ討議では、沖縄戦を継承するために、教科書に載せるべきだという意見や、後世に伝えて体験者のことを残す方法を考えるという意見が出ました。継承については、中山きくさんのお話を聞けなかったように、今後そのようにして体験者が語れなく時代が来ると思います。そうなった時代に誰がどのようにして語り継ぐのかとう問題の解決策は「後継者」だと思います。体験者から多くの意見を聞いた新垣さんのような方々が私たち「若者」に語ることで継承していくことができると思いました。基地問題については、私は世論に自然と影響を受けていると気づきました。沖縄だけの問題ではなく、本土の人たちも関係のあることだし、実際に基地を見ていない本土の人たちには、タッチ&ゴーの訓練などは知られていないから、辺野古は安全とされているけれど、実は移設したところで、危険であることには変わりはないから、それでも移設するべきかを投票するべきだと思いました。また、メディアやSNSなど若者が親しみやすいツールで現状を知ってもらうことも1つの方法だと思いました。

 

沖縄を旅した4日間で、「戦争と平和」を現在に続く問題として生徒たちは考えました。そして、今なお沖縄に集中している米軍基地の問題を、歴史や環境など多面的に学び、考え、一人ひとりが意見を持つことの重要性に気づきました。このフィールドワークでの体験を礎として、豊かに視野を広げていくことと思います。