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フィールドワーク

2019年5月15日 (水)

《高校1年》 フィールドワーク

4月に国内フィールドワーク(FW)の方面別のプレゼンテーションと、昨年度FWを経験した高校2年生による「FWを伝える会」がおこなわれました。

高校1年生 フィールドワーク方面別プレゼンテーション

≪四万十川方面≫

四万十川方面では「自然」とは何か、という問いが投げかけられました。私たちの周りの「自然」は、多くは人の手が入っています。豊かな自然は人の手が入り整えられた山や川によって生まれるのであり、人が手を入れることをやめた森や山は荒廃していきます。四万十では自然と人との関わり方を通して「人と自然との共生」とは何かを問います。

 

≪岩手宮城方面≫

岩手・宮城では東日本大震災から8年たった今、甚大な被害を受けた地域がどうなっているのかということを考えます。どうなったら「復興」といえるのか、過疎化が進む中、地域格差をどのように解決に導くことができるのか、そして「豊かさとは何か?」ということを問います。

 

≪奈良京都方面≫

奈良・京都では観光地としても名高いこの地が、どのような歴史を持っているのかを学びます。古都と言われても創建当時のものはほんの僅かです。現在に残る僅かな痕跡から当時の暮らしのあり方を知ると共に、現代にまで伝承された文化財を私たちが今後どのように受け継いでいくのかを考えます。

 

≪沖縄方面≫

沖縄では、戦後70年が経過し戦争体験が直接に語られることの少なくなった中で、命の尊厳や平和とは何かを考えます。基地問題などを歴史的・経済的に学ぶと共に、現地で基地と共に生きる方々にお会いすることでこれからの社会で自分たちに何ができるのか考えていきます。

 

≪水俣方面≫

水俣方面では、私たちが「四大公害病」という認識でしかとらえていない「水俣病」について、その背景を学ぶことで社会問題の縮図としての水俣病を再認識します。また、実際に今も病と闘っている方々と出会い豊かな自然を取り戻した水俣の地を訪れることで「人間の尊厳」・「豊かさ」を各自が捉えなおします。

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(生徒の感想)

【岩手・宮城方面】

東日本大震災があったとき私は小学1年生でした。私は学校から家に帰ろうと校庭にいるときに地震があり、怖い思いをしました。帰ってからも、テレビには福島などの中継されていた覚えがあります。毎年3月11日になると東日本大震災のことがテレビでやっていますが、私は現地はどのような状況なのだろうと気になっていました。

 私は、その中で心のケアについて気になりました。前にNHKの探検バクモンという番組で、災害看護についてやっていました。FWでこの方面を選んだ場合、心のケアについても学んでみたいです。また、プレゼンを聞いて震災遺構というものに興味を持ちました。残すべきなのだと思うけれど、それはあくまでも被災した人の気持ちになって考えたら、もし家族をこの災害で亡くしたら、東日本大震災という出来事を思い出したくないような気もします。この方面を選ぶとしたら、被災された方の気持ちにも沿って考えたいです。

 【沖縄方面】

今は観光地として南国リゾートというイメージが強いけれど、やっぱり戦争の爪痕はなくなっていないし、忘れてはならないと改めて思いました。私の祖父でも幼い頃に終戦を迎えたので、身近に戦争体験を語れる人はいません。つまり、語り部の方が高齢化していて、ますます戦争の記憶を伝えて行くことが難しいのだなと感じました。まだ直接聞ける世代の私達はそういう機会があったら一回一回を大切にしていかないといけないなと思いました。当時の記録に加えて、今も残る米軍の問題なども結びつけて考えることが大事なのかなと思いました

 

高校2年生によるフィールドワークを伝える会

方面別のプレゼンテーションの後は、高校2年生から国内FWを語ってもらいました。先輩方が方面ごとに体験したこと、考えたことなどを語って下さいました。高校1年の生徒たちはこの後方面別の希望調査を提出するため、事前に質問なども考えて熱心に話を聞いていました。

 

(高1生徒の感想)

 先輩方のお話を聞いて、印象に残った言葉があります。それは「どの方面に行ったとしてもそこには必ずたくさんの学びがあるから、あとは自分がどれだけ多く学べるか、考えられるか、そして何よりも楽しめるかだよ。」ということです。この言葉を聞いて、気持ちが少し楽になりました。そして同時に、身が引き締まる思いでもありました。なぜなら、このフィールドワークをいかに良いものに出来るか、自分の大きな財産に出来るかということは、紛れもなく自分自身にかかっているからです。何も学ぼうとせず、考えを深めることもしないままフィールドワークを終えれば、それはただの旅行になってしまいます。しかし、懸命に学び、多くを吸収し、それを深く考えれば、それは同じ四日間でも全く違うものになると思いました。そのために、間もなく始まる事前学習から、受け身ではなく積極的に学んでいきたいと思います。そして、このフィールドワークを通して自分をさらに成長させたいと思っています。

 

先輩からお話を聞いて、今までの先生方のプレゼンの内容に加えて、具体的に何を学んだのかということも知ることができたと思います。どの方面も「行けば分かる」という内容のお話を聞いて、全方面にいろいろな魅力があり、どの方面も行ってみたいと思いました。お話をしてくれた先輩方はみんな行った方面でそれぞれいろいろな学びがあったのだなと伝わってきました。中でも、京都・奈良方面に行った先輩が沖縄の米軍基地問題のように現代社会の問題のような明確なものはないから、何を学ぶかは自由だけど、その自由さが難しいかもしれないとおっしゃっていました。それを聞いて、自ら学ぶのは難しいけれど、興味を持ったものについて自ら掘り下げて学ぶことは大切なことなのだと感じました。だから、海外研修で方面を選んだのもそうだけど、FWや今後の進路などの選択をすることは大切で簡単には決められないなと改めて思いました。

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今週から方面別に分かれた取り組みがスタートします!

2019年4月15日 (月)

《高校1年》 国内フィールドワーク説明会

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高校1年生での最も大きな行事の一つが国内フィールドワークです。神奈川学園では中学1年で平和学習、中学2年で環境学習、中学3年生で多文化共生を学び、中学の総まとめとしてオーストラリアとニュージーランドで海外研修を実施します。高校ではこれらの中学での学びを土台に、国内の課題に目を向けより深く掘り下げていきます。国内フィールドワークは5方面からそれぞれの問題意識に従って選択します。その選択のための説明会が10日に開かれ、高橋先生から説明して頂きました。

高橋先生は海外研修を経験して、高校1年生となった今、国内に目を向けることの意味を語って下さいました。「自分なりの問題意識をもつこと」・「関心を広げることで、『学ぶ』ことの意味や面白さに気づくこと」、「今回の国内フィールドワークの間だけでなく、ずっと考え続けること」、「自分はどう生きてどんな社会を目指すのか」・・・たくさんの問いかけがありました。以下は生徒の感想です。

 

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どのような社会を目指して生きていくかとか、規模が大きすぎると思い、考えたこともありませんでした。しかし、よく考えてみれば、自分がこんなふうに生きていきたいということと、社会とは隣り合わせであるということをお話を聞いて感じました。今までは、ただただ思いやりのある人とか、他人の気持ちを考えられるような人でありたいとだけ思っていました。このことは当然大切なことだけれど、最近は、1人でもいられることが大切だと思うようになってきました。私は基本的に1人でいることが好きですが、もちろん人と話すことも好きです。しかし今の人たちを客観的に見てみると、人とのコミュニケーションも大事だけれど、他人の考えや意見に流されず、きちんと自分の意思を持った人になってほしいと思いました。もちろん自分も含めです。自分の考えを押し通すことを求めているわけではありませんが、とても難しいことだけれども、お互い修正しながらも、しっかりと自分の意思をもった社会になってほしいと思いました。そういう人たちは、自分の気持ちを上手に表せない人たちによりそってあげることも大事だと思います。

 

私はこの講演会で高校生になるということがどういうことなのか知れた気がします。高校に上がることは義務教育から離れるということです。親が子供に教育を受けさせるのではなく、私たちが自主的に受けるものです。だから、私たちが主体的に学ぼうとしなければいけないのだと思いました。これからは自分たちで問題意識を持って道を切り開くべきだと感じました。そして、学んだことを自分の中で噛み砕いて発展させなきゃいけないとおもいました。そのためには事後に思ったことや感じたことを言葉にするのが効果的だと思いました。しっかり自分の言葉で表現できるかどうかがこれからもっと大切になっていくと感じました。国内FWでは行く前に自分はどういう目的で行くのか言葉にするべきだと感じました。言葉にすることで目的が明確になるし曖昧な気持ちで行くこともなくなると思いました。これからはやらされるのではなく、自分たちで考えて作っていくものだと思いました。

 

2019年3月15日 (金)

《高校1年・2年》 国内フィールドワークを語る会

3月15日に、「高1・高2国内フィールドワークを語る会」が開かれました。

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この会を開くきっかけを作ったのは、高校1年生のクラス委員会です。生徒会大目標の話し合いで、「学年を超えた繋がり」について考えていた時に、「国内フィールドワークについて、高校2年生と語り合いたい」という希望が出て、高校2年生に申し入れをしました。
高校2年生から快諾をもらって、3月15日にこの会が実現したというわけです。

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まず、高校1年生から国内フィールドワークで出会った方、学んだ内容など、自分の気持ちに残っていることを先輩に伝えました。
方面を選んだ理由/現地での出会い/レポートで深めたテーマ/フィールドワークの最後の授業で語ったこと などが語られました。

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高校1年生がプリントやレポート、タブレットなどを示しながら、思い思いに語る中身に、高校2年生が熱心に耳を傾ける様子が見られました。高校2年生からも、今も気持ちに残っていることが語られ、質問や感想を出し合って交流しました。
各方面で、話しやすいように工夫した席について、熱心に、時ににぎやかに時に真剣に話す姿がありました。

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1年間の隔たりはありながらも、同じ方面を訪問して経験した者同士が、思いを重ねたり、意見を交わしたりしたことで、互いに、学びを整理し深めることができました。

2018年12月28日 (金)

《高校1年》 国内FW 奈良・京都方面

《1日目》 遺跡から古代の生活を想像する旅

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 新横浜駅7:30に全員集合。8時過ぎの東海道新幹線で京都駅へ。さらに、近鉄特急に乗り換えて、橿原神宮駅に向かいました。車中で昼食の「京都 舞妓はん 特選弁当」をいただきつつ、さっそく古都の雰囲気を味わいました。

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 橿原神宮駅で奈良をガイドしてくださる山﨑さんと河野さんと合流しました。毎年お世話になっているベテランガイドさんです。はじめに「甘樫丘」に登り、飛鳥の全体を見渡しました。大和三山の香具山・畝傍山・耳成山もきれいに見ることができ、特徴的な形と名前を一生懸命覚えていました。

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 遺跡めぐりのはじめは「水落遺跡」です。これは中国の先進的な技術を取り入れた中大兄皇子(のちの天智天皇)が、水時計をつくった跡だと伝えられています。さっそくどんな水時計だったのかを想像してみました。次は、蘇我馬子の発願によって建てられた「飛鳥寺」に向かい、左右で表情の異なる「飛鳥大仏」を拝観しました。また、除夜の鐘で有名な鐘も、大きな音が出ないかと恐る恐るついてみました。

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 「亀形遺跡→酒船石→板葺宮跡→川原寺跡」と遺跡めぐりが続きました。これは一体何に使われていたのだろう、こんなに大きな石をどうやってこの山の中に運んだのだろう…と不思議な石造物に想像がかき立てられます。中でも最後に訪れた「石舞台古墳」は蘇我馬子の墓と伝えられていますが、「石舞台」という名称から、ここを舞台に音楽を奏でたり舞いが舞われたりしていたのだろうかと想像が膨らみました。

 

《2日目》 奈良の大寺院をめぐる旅

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 朝一番に訪れたのは「法隆寺」です。西院伽藍は最古の木造建築として知られており、回廊の柱や五重塔の細部まで丁寧に見学しました。また東院伽藍の「夢殿」にある救世観音立像は、長年秘仏だったものを明治初期に岡倉天心とフェノロサが発見したことでよく知られています。聖徳太子の姿とも伝えられるこの像が、幸運なことに特別に公開されていました。

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 次は、鑑真和上が開いた寺として知られる「唐招提寺」を訪れました。多くの苦難を経て盲目になりながらも来日を果たした鑑真和上に思いを馳せました。昼食は「たまゆら」で奈良の名物である柿の葉寿司の御膳をいただきました。その後は「平城宮跡」を訪れ、当時の都の大きさを体感することができました。

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 「東大寺」では、まず南大門の金剛力士像の迫力に驚かされました。とにかくあらゆるものが大きく、大仏殿の大きさ、そして中の大仏には圧倒させられるばかりでした。それらの大きさから当時の権力がとてつもなく強いものだっただろうと想像しました。神のお使いである鹿とふれ合う時間も設けられましたが、想像以上に大きく怖々と近づいていました。この日の最後は、藤原氏の氏寺である興福寺を訪れました。つい先日、中金堂が落慶されて話題になっている寺院ですが、国宝館では人気の高い阿修羅像を見ることができました。

 

《3日目》 京都で伝統文化を体験する旅

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 京都と言えばこちらというほど代名詞ともなっている、「金閣寺(鹿苑寺金閣)」を訪れました。9時の開門と同時に入りましたが、多くの観光客であふれていました。外国人観光客も多く、国際的な観光都市京都を象徴している風景でした。金閣寺の敷地は広く、後方の山も登り約1時間の散策となりました。

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 続いて、禅寺である大徳寺大仙院で座禅体験をしました。足を組むことから苦労しましたが、深い呼吸をしながら静寂の時を過ごしました。終了と同時に30分座禅をしていたことを告げられると、「あっという間だった」と驚きの声が次々と聞こえてきました。その後は、大和宗貴住職を囲んで、法話をうかがいました。また、大徳寺は臨済宗の寺院であることからお茶も有名で、抹茶をいただいてほっと一息つきました。この日の昼食は大徳寺内にある「泉仙」で精進料理をいただきました。こちらの料理は「鉄鉢料理」と言われ、全ての料理をいただくと器を一つにきれいに重ねることができます。

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 午後は、今年度新たに取り組んだ「京町家の再生と活用」を学ぶプログラムを体験しました。まず、「京都市景観まちづくりセンター」を訪れ、京都のまちづくりと京町家についてレクチャーを受けました。その後は、3つのグループに分かれて実際の京町家を訪れて様々な体験をしました。写真は「きっさこ和束」を訪れたグループの様子です。約100年前に建てられた京町家が空き家になっていたところを、カフェとしてリノベーションしたお店です。古き良き伝統を感じられる空間の中で、現代的な抹茶アートを体験しました。その他には、「奈良屋記念杉本家住宅」で学芸員の杉本歌子さんから京町家での豊かな生活の様子についてお話をうかがったり、造り酒屋を営む「キンシ正宗 堀野記念館」では桃の井の水を試飲させていただいたりしました。

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 夕食後はホテルで和菓子作り体験をしました。「京菓子司よし廣」の職人さんに丁寧に教えていただきながら、秋らしい柿といちょうを作りました。最後に職人さんの技を見せていただきましたが、和菓子のみかんが本物のように皮がむけたのには、大きな歓声が起りました。

 

《4日目》 古い時代の仏教、密教を知る旅

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 「天台宗総本山 比叡山延暦寺」を訪れました。この日は、長年お世話になっている名物ガイド名越さんと一緒にめぐりました。カーブのきつい山道をバスで登り終えると、眼下に琵琶湖が広がりました。延暦寺に到着するとあいにくの天気で想像以上の寒さでしたが、その分、今年は遅いと言われていた紅葉がきれいに見られました。「根本中堂」は修復工事中で建物の外観を見ることができませんでしたが、工事の足場から修復作業の様子が見られたのは貴重な体験でした。本来ならば東塔を見学した後に西塔まで足を運ぶ予定でしたが、悪天候のため急遽コースを変更し、市内の三十三間堂を訪れました。

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 午後は「東寺」の名で親しまれている真言宗の根本道場「教王護国寺」を訪れました。はじめに大日堂で法話をうかがい、身近な高校生の話から日常生活を見直すきっかけになりました。また境内をめぐり、立体曼荼羅で有名な講堂内は特別拝観の時期にあたり、通常は正面からしか拝観できない仏像を後方からも見ることができました。また、五重塔も特別拝観で初層の中をみることができ、貴重な体験となりました。

 

 4日間のプログラムは、どれも古き良き日本文化を感じられるものでした。事前に教室で学んでいたことも、現地を訪れると文化財がどのような空間の中に存在しているのかがわかります。そうした文化を私たちが体験できるのも、継承してきた人々がいたからこそのことです。日本の伝統文化をいかに継承し現代の私たちの生活に活かすのか、過去と現在とをつなげる壮大な歴史の時間軸の中に位置付くプログラムだったと振り返ることができます。

《高校1年》 国内FW 岩手・宮城方面

【1日目】

朝7時過ぎに東京駅に集合でしたが、余裕をもって全員が早めに到着し、意欲の高さがうかがえます。新幹線で岩手県の新花巻駅に到着した後、バスで沿岸の釜石にある陸中海岸グランドホテルに向かい、昼食の海鮮丼をいただきました。一息ついてから、震災時に大きな被害を受けた大槌町の町役場の震災遺構を訪問しました。おらが大槌夢広場の神谷さんから、当時の大槌町の様子を詳しく聞きながら、遺構を訪れる外部の人に対する町の人たちの複雑な思いを知り、これから始まる4日間の研修が、自分たちにとっても覚悟を要するものであるという自覚を持つことが出来ました。町役場の前で黙とうを捧げ、後、防潮堤や湾の様子についてお話をうかがいながらバスで大槌町を巡りました。

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町の文化交流センターの会議室をお借りして、神谷さんから、震災当時の様子を詳しく聞きながら、ワークショップを受けました。5,6人のグループに分かれて、個人としての答え、グループとしての答えを出していくものでしたが、最初に与えられた課題は「自分は大切な人と一緒にいま津波から逃げています。でもその大切な人は足をけがしてもう歩けません。あなたはその手を放しますか?」というとても重いものでした。そのような極限状況を想像して泣き出してしまう人も多くいましたが、当時は同じ決断を一瞬のうちに下さなければならなかった人もいたのだと実感し、その後の震災学習に対する取り組み方を大きく変えるものになりました。

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【2日目】

バスで釜石駅に向かい、三陸鉄道南リアス線(震災学習列車)で盛駅に向かいました。車内では、ガイドさん自身の体験談や、それぞれの湾の特徴や震災時のことについて詳しくお話をうかがいました。トンネルと湾が交互に繰り返され、リアス式海岸の様子を実際に感じることができました。

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陸前高田に移動して、ガイドの菅野コハルさんから様々なお話を聞きました。まず陸前高田の広田湾を一望する高台に建つ普門寺に向かいました。立派な杉の巨木の参道、静寂な佇まいの庭や三重塔など、見どころの多いお寺です。敷地内には震災の犠牲者の鎮魂を祈り、高田松原の倒木を使って長野市の善光寺が制作した親子地蔵や、五百羅漢が置かれていました。本堂には震災で亡くなって引き取り手のない無縁仏となった方の遺骨が7年経った現在もまだそのまま置かれていました。その後も、バスで市内を走り、奇跡の一本松や気仙中学校を見ながら当時の様子を伺いました。

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その後、陸前高田の市役所に向かいました。市役所はまだプレハブの仮設庁舎で、震災の傷跡の深さがうかがえます。市役所では市の復興局長である熊谷さんからお話をうかがいました。津波にのまれて屋上を残すだけの市役所の写真にある人影をさし、「これが自分です」とお話される姿を見て、こうしてお話をしてくださる方々もそれぞれ過酷な経験をされたのだと改めて身にしみました。津波で行政機能が完全にマヒした状態から、復興計画を立て街づくりを進めていく様子や、人口減少への対応に苦労されていることがよくわかりました。生徒が人を呼ぶためにどういう取り組みをなさっていますか、と質問したときに、逆に「どうしたらあなたはこの街を訪れてくれますか?」と問い返され、その難しさに気づくという場面もありました。

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2日目最後は、宿泊先のホテル観洋の伊藤さんからお話を頂きました。ホテルは震災時に2階まで浸水しましたが、おかみの先導のもと従業員と一緒に被災した方々を、マニュアルにとらわれず臨機応変に対応されたお話をうかがいました。印象に残ったのは、お世話をしすぎない自立を促すような支援をされたことや、何かあったときにリーダーシップをとれる人になることの大事さを学びました。

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【3日目】

午前中は、ボランティア活動で漁業のお手伝いをしました。浮きについたフジツボなどの貝類を取り除く作業と、ホタテを入れるためのカゴ編みをしました。3時間ほどの作業でしたが、天気にも恵まれ、漁師さんの気さくなお人柄もあり、楽しみながら作業することができました。一方、ここでも人手不足の問題を肌で感じ、東北沿岸部の人口減少問題の深刻さを感じました。

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午後は、ホテル観洋の伊藤さんから南三陸全体の語り部ツアーをして頂きました。特に震災遺構である高野会館では、普段立ち入りのできない建物内部まで案内していただき、津波の威力を実感することができました。また、人を呼び込むための高速道路がストロー現象によって、逆効果をもたらすおそれがあることや、実際に経験しないとやはり本当のことはわからない、でもこうして自分たちの経験を伝えることで、多くの人に「命を守る」ことの大切さを知ってもらいたいというお話が印象に残りました。

その後、気仙沼のリアスアーク美術館に向かいました。この美術館では東日本大震災を未来に伝える展示を行っています。200点以上もの写真、150点以上の被災物それぞれに小さなコメントがつけられていて、ひとつひとつのモノにはそれぞれ人の営みがあったのだなと思い知らされました。

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夜は、翌日のプレゼンのために各グループでスライド作りをしました。それぞれ与えられた問いに対して、今回のフィールドワークを通じて学んだことを生かし、自分たちなりの答えを出していきます。盛りだくさんの内容に、なかなかうまくまとめられず予定していた時間をオーバーして班で話し合いをしていました。

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【4日目】

午前中はさんさん商店街を訪問し、会長の阿部さんからお話を頂きました。商店街がモノを売り買いする場というだけではなく、人々の再会の場として機能したお話や、職住一体だった生活が、職住分離になっていろいろな問題があることなど、それまで考えもつかなかったお話をうかがいました。お話の後は、それぞれ買い物と昼食の時間を取りました。海産物で埋め尽くされたキラキラ丼を食べたり、ご当地キャラクターのオクトパス君を購入したり、思い思いに楽しんでいました。

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午後は、東北大学の藤本先生に、これまでの学習の成果を聞いて頂きました。生徒たちは、震災遺構、盛り土と復興、地域経済と産業などについて全部で6つのグループに分かれてプレゼンを行いました。この4日間、様々なお話を聞いたり、体験をしたりしてきましたが、短い期間では消化しきれないほどの多くのことを学ぶことができました。あまりに多くのことを学び過ぎて十分に消化しきれなかった部分もありましたが、藤本先生には生徒の発表に対するコメントを頂くとともに、問題解決のヒントとなるようなお話をうかがいました。

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長いようであっという間だった4日間、今回お話をしてくださった方みなさんがおっしゃっていたのは「自分の命を守ることが大切な人の命を守ることにつながるのだ」ということです。いつどこで大地震が起こるかわからない日本で生きる私たちですが、今回のフィールドワークで学んだことを、自分で生かすのはもちろんのこと、身近な人に伝えて共有していくことの大切さを学びました。

今後、生徒は今回の体験を踏まえて、最終レポートを仕上げていきます。

《高校1年》 国内FW 四万十川方面

FW四万十方面では四万十川に沿って海へ向かって移動をしながら、森・川・海などの自然と人がどう関わって生きているのかを学びます。また、民泊体験などを通して現地の文化を学ぶとともに、「過疎化」という社会問題にも向き合う研修です。

 

<1日目>

羽田空港から高知空港に到着すると快晴で気持ちの良い空が広がっていました。そのあとはまず高速をバスで移動です。四万十川財団事務局長の神田さんに同乗していただきながら、高知県の魅力をお話していただきました。

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しばらく走ると道の駅あぐり窪川へ到着です。ここでは地元の素材を使った豚丼をいただきました。道の駅の駅長さん、料理長からご挨拶と料理の説明をしていただいて、いざ実食!本当に美味しくて30人の生徒が全員完食をしました。

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次に大正地区で四万十町森林組合の林さんと廣田さんからお話を伺いました。そのまま放っておくのが自然保護ではなく、自然を守るために手入れをしてあげることが、大切だと学びました。その際に出てくる間伐材を加工して、「四万十ヒノキ」というブランド化していくまでの加工現場を見学しました。また、実際に原材料となる木材の生えている森へ入っていき、間伐をすることで日が入り森が豊かになっていくことを肌で感じました。

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道の駅「よって西土佐」へ行き、大高さんという方に講演をしていただきました。なぜ四万十へ移住してここで働こうと思ったか、というお話から始まり、さらには現地で暮らしているからこそ感じる問題を生徒に伝えていただきました。本当に便利になっていくばかりの一方で失われていくものは何だろうか…。生徒たちは自分の暮らしと照らし合わせて気付かされたものがあったようです。そのあとに少しだけお土産タイム!

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そして、1日目の宿舎である四万十楽舎へと。もともと小学校だった施設を改修した宿泊施設です。生徒たちはどこか懐かしい小学校の音楽室や図書室などに大盛り上がりでした。夕食後、道の駅「よって西土佐」ではたらく林さんと平野さん(みっちゃん)の登場です。今でこそ道の駅「よって西土佐」駅長を務めている林さんはずっと四万十川で漁業組合長をされていた方です。これまでどこか他人事のように「地方の問題」を捉えていた生徒たちも、実際に話していくうちに「これは他人事ではない」と感じるようになったようです。現地に行って、現地の人と話すことが本当に大切なのだと感じました。

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<2日目>2日目は四万十川と触れ合う1日です。

四万十川流域にはどんな生物が生息しているのか、それを実際に川に入って探してみました。川の水を抜くテレビ番組などで見たことがあっても、実際に体験をしたことのない生徒もおり、みんな必死になって生き物を捕まえていました。様々な種類の生き物を捕まえて、最後に一つひとつを解説していただきました。

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そして四万十川の名物である沈下橋へ移動してお散歩タイムです。実際に沈下橋を渡ってみると、天気に恵まれたこともありものすごく気持ち良かったです。生徒たちは写真を撮ったり、浅瀬で水遊びなどをしていました。本当に水が澄んでいて、橋の上から魚群が確認できるほどでした。

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たくさん動いたあとはお昼ご飯です。この日は屋形船に乗って、四万十川の上でいただきました。船内では川エビ漁師さんのお話を伺いました。鮎や手長えびの入ったお弁当を美味しくいただき、また屋形船から見える四万十川の景色を楽しみました。本当に水が澄んでいて、船の上からも川の底が見えるほどでした。

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午後は、四万十学遊館に移動し生き物探しゲームや放棄水田の見学を野外で行った後、室内で朝からお世話になっている杉村さんの講演会でした。四万十の生態系を守るためにしていること、必要なこと。そして視野を広げてこれから地球環境保全のために必要なことなどを考えることができました。ここでも、自然を守るということは放置することではない、という考え方が出てきました。生徒たちは中学2年のころに行った小網代の森への研修と結びつけて考えることができていたようです。

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2日目の宿は「いやしの里四万十の宿」です。豪華な夕食、部屋、そして露天風呂付きの大浴場に生徒たちは感動していました。夕食後には砂浜美術館理事の村上さんから講演をしていただきました。ビーチコーミングという考え方に初めて触れて、それがすごく心に残っている生徒が多かったようです。「砂浜に落ちているゴミを美術品として捉えて楽しんでみよう」という発想は本当に素敵だなと生徒たちは感動していました。講演の中では実際に砂浜に流れ着いた作品を手にとって見せていただきました。翌日に砂浜に実際に行ってビーチコーミングするのが楽しみになりましたね。

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<3日目>

午前中は「水探し(ムカシトンボのヤゴ探し)」から始まりました。なぜヤゴを探すのかというと、ムカシトンボのヤゴはきれいな水(人が飲める水)の川にしか生息できないので、このヤゴが見つかればそこは飲める安全な水と考えられるからです。前日の生き物探しで慣れたのか、生徒たちは水の中へとドンドンと進んでいき、ヤゴを含む様々な生物を見つけていました。

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海の方へと向かって移動をし、砂浜に行ってビーチコーミングをしました。前日に教わった「砂浜の楽しみ方」をもとに生徒たちは、ライターやハンガー、様々な「作品」を見つけていました。

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お昼は黒潮一番館でいただきました。ここではカツオのたたき体験をしていきます。カツオを丸々一匹さばいて、燃える藁で燻し、そしてお皿に盛り付けて完成です。

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午後は、天然塩づくりの体験です。いくつかの塩づくりの作業を体験させていただいた他、工程ででたにがりを用いての豆腐をつくり塩をつけていただきました。受け入れてくれたソルトビーの方々が生徒の名前入りの瓶を用意してくれており詰め放題の塩のお土産も!いつも食べている塩とは違って、おいしい!と感じるお塩でした。

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そして3日目はいよいよ民泊体験の日です。ホストファミリーとの緊張の対面を果たし、それぞれのお宅へと向かいました。それぞれのお宅では自分たちで薪をくべて五右衛門風呂を準備したり、裏の沢で生き物をとってきたり、一緒に地元の料理を作ったりと、現地の生活を体験させてもらいました。

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<4日目>

朝に集合場所へと向かい、最後に記念撮影をしてお別れです。たった一泊でしたが、本当にお世話になりました。「大学生になったらまた来ます」という生徒もいました。その後は「いよめし」という高知の郷土料理を食べて、最後に高知大学へと向かいます。

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高知大学では地域協働学部で教壇に立つ森先生と田中先生が迎えてくれました。ここでは5人ごと6つのグループに分かれ、この4日間のFWを1枚の模造紙にまとめたものをもとにプレゼンを行いました。その後高知大学の方々から質問や補足説明をして戴きながらこの4日間で学んできた様々な事を今一度考えることができました。自分たちの中のものをまとめて発表することで、これまで感じたこと考えたことを整理し、新たな疑問を持つことのできた深い時間となりました。

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生徒たちは四万十の研修で、環境の問題や社会的な問題など様々なことを学んで帰ってきました。しかし最も学んだことは「現場に出て学習することの大切さ」でした。どんどん便利になって何でも調べられる時代だからこそ、実際に現地に足を運んで学ぶことで、どこか他人事のように思っていたことを自分のこととして捉えられるようになりました。これから事後学習に入ります。一人ひとり自分なりのテーマや問題意識を、さらに深めていく学習へと続いていきます。それらの土台となるような充実した研修でした。

2018年12月26日 (水)

《高校1年》 国内FW 沖縄方面

1日目

 朝早かったにもかかわらず、研修の楽しみと緊張からか、眠そうな雰囲気は全く感じさせない集合となりました。事前学習も万全な状態で、現地でのたくさんの学びを期待しつつ、自ら学ぼうとする決意とともに出発しました。

 沖縄は11月でも27℃(体感的には30℃)と大変暑く、同じ日本だろうかと思うほどでした。今日と明日の2日間をガイドしてくださる川満さんと瀬戸さんに挨拶し、バスで那覇空港から普天間基地を見渡せる嘉数高台へ行きました。普天間飛行場は普天間市の中央にあり、民家やビルが周りを取り囲む状態でした。米軍機からの落下物問題や騒音問題などを考えながら見学しました。また、京都の塔には慰霊の意味だけでなく、平和を望む言葉が刻まれており、戦争とは何かという問題を投げかけられた思いでした。普天間基地にオスプレイが待機していたため、予定にはありませんでしたが、フェンス越しに見学しました。なかなかできない体験でした。

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 佐喜眞美術館では丸木位里さんと俊さん作の「沖縄戦の図」を鑑賞しました。絵でありながらその圧倒的な現実感と迫力は、戦争は終わってもその悲惨さを芸術の視点から残していく意味を考えることができました。

 嘉手納基地周辺にある安保の丘で、騒音問題についてお話を聞きました。何度も頭上を通る輸送機や戦闘機にガイドさんの声も遮られ、騒音問題の実際を知ることができました。

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2日目

 この日は沖縄戦を学びました。八重瀬公園は白梅学徒隊の手術場壕跡がある場所です。手術とは名ばかりの処置しかできなかったことや、なんでもない坂道には当時負傷兵の食事を運びながら、いつ着弾するかわからない恐怖と戦った学徒がいたことを聞きました。

 白梅の塔では白梅学徒隊だった中山きくさんのお話を聞きました。中山さんの沖縄戦を実際にお聞きし、戦争が考えていた以上に苦しく、悲惨であることがわかりました。中山さんは「平和のバトンをつなげてほしい」と、生徒グループリーダーの二人と握手を交わしました。

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 ひめゆり資料館では普通の学生が戦争に携わり死んでいったことが膨大な資料とともに書かれており、今戦争がおこったらどうなるのかと考えさせられました。

 糸数アブチラガマは石灰岩地形にできた洞窟で、戦時中は医療と住民の避難所として使われました。しかし、ここでも多くの人が十分な治療ができないまま死んでいきました。じめじめとした洞窟は懐中電灯を消すと真っ暗闇となり、息をするのも苦しく感じました。

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 ホテルに戻ってから、琉球舞踊うどいを鑑賞しました。ゆっくりとした動きの宮廷舞踊で、琉球の文化を楽しむことができました。

 1日目と2日目の研修を振り返って、自分の感想をグループで共有しました。事前学習で学んだ以上に現地の力を感じ、過去のことであっても想像することでたくさんの学びを得ることができました。

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3日目

 この日は自然と文化体験が中心でした。まずはカヌーとビーチコーミングです。カヌー体験はインストラクターの方がわかりやすく説明してくれたため、たくさん楽しむことができました。ジュゴンが来る辺野古の海はとても綺麗で、カヌーからは深さ5mほどもある海底の砂やサンゴが見えました。ビーチコーミングでは貝殻を加工して、思い出を残すことができました。

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 午後は紅型体験で、それぞれ気に入った絵柄に色付けしました。家に帰ってから、のりをとって仕上げです。どんなものが出来たでしょうか。

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 東恩納さんは辺野古の海を守る活動をされてきた方です。埋め立て予定地のフェンス前でこれから何が起ころうとしているのかをお話しされました。辺野古に飛行場ができることで基地問題は改善するのか、土砂が投入されることによる生態系への影響、そもそも本土と沖縄の人々の認識や意識の差など、私たちに投げられた宿題は簡単に答えを出せないものでありながら、それでも答えを出さなければならない苦しさを突きつけられた思いです。

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4日目

 最終日は琉球新報社と首里城の2隊に別れて行動しました。琉球新報社では東江さんと玉城さんがコーディネーターとして、3日間の沖縄での学びを生徒どうしがインタビューすることから始まりました。学んだことを感覚的ではなく、言葉として残すことに難しさを感じたようです。また、沖縄県知事の記事からどんな情報が読み取れるのかを考えました。

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 首里城チームはガイドの横田さんと下地さんとともに史跡の見学を中心に行動しました。世界遺産に登録されている玉陵では琉球王国の大陸との交易の深さと独自の文化について学びました。また、首里城は正殿を塗り直ししている途中でしたが、公園内での戦争の跡や文化、城内の見学をすることができました。沖縄でも有数の観光地ですが、首里城が沖縄戦の要所として使われたことなど、研修でないと知ることができないことも学べました。

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 最後は国際通りで昼食と買い物をしました。沖縄ならではの食べ物やお土産品に満足したようです。4日間とは思えないほど密度の濃い研修を終え、現地でなければ学べないことがたくさんあることがわかりました。これからも沖縄は地上戦があった場所としてあり続け、日本の基地問題の最前線であり続けてしまうのでしょうか。私たちは同じ日本のこととして、沖縄のことを考えていたでしょうか。研修は終わっても沖縄のことは忘れられない、そんな研修になったと思います。

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2018年12月25日 (火)

《高校1年》 国内FW 水俣方面 -人間の尊厳を探究する旅―

「人間の尊厳」をテーマとした水俣方面のフィールドワークは11月7日~10日で行われました。事前学習で学んだことを大切に臨んだフィールドワーク。現地では豊かな出会いが待っていました。

 

<1日目:不知火海の豊かさを知り、杉本家に出会う>

熊本空港からまっすぐに水俣市に入りました。春のような暖かさを感じながら水俣川に沿って歩き、フィールドパートナーの吉永さんのお話を聞きます。水俣という地名の由来も学びました。その後エコパークで昼食を食べ、慰霊碑に黙とうを捧げるセレモニーを行いました。有機水銀が含まれたヘドロを埋め立てて護岸された場所に立ち、穏やかな不知火海を臨みながら、水俣病の苦しさは人間以外の生きものにも大きな影響を及ぼしたことを考えました。

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エコパークを後にして茂道に行き、杉本実さんの漁船に乗せていただきました。1時間ほどの船旅でしたが、海から海岸線を眺める体験で、水俣は海と山がとても近いことがよく分かります。海の中から真水が湧き出ている様子もよく分かり、「魚湧く海」と呼ばれた豊かさを間近で感じました。

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漁船を待つ間に磯でビナや蟹を探しました。岩の間に隠れている生きものを手に取ってじっくり観察します。ビナはたくさん採って茹でて食べたりもしていたそうです。海が身近にあるという生活を束の間味わった生徒たちです。

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宿泊は湯の鶴温泉のあさひ荘でした。宿舎に杉本肇さんに来ていただき、家族が水俣病で苦しんでいた時期のことや、ご自身が葛藤を抱えて水俣を離れていた時期のことを丁寧に話していただきました。講話の後半には肇さんのお母様である杉本栄子さんがもやい直しのために考案したハイヤ節を教わり、輪になって楽しく踊ることができました。

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<2日目:水俣病を学ぶ一日>

二日目は2コースに分かれて水俣病を学ぶ日でした。共通に訪れたのは水俣病資料館と百間排水口です。フィールドパートナーの方々から伺う話は、水俣病が起こった当時の状況を彷彿とさせるものばかりでした。

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Aコースは吉永理巳子さんに会ってお話を聞きました。ご自身のお父様が水俣病で苦しむ姿を見ながらも、吉永さん自身が語り出せるようになるまでに長い時間がかかったということを涙ながらに伝えて下さいました。自分が早く語り出していたら…という吉永さんの後悔にも似た思いをまっすぐに受け止めながらも、体も心も傷つける水俣病の辛さを思いました。

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午後に訪れたのはほっとはうすです。胎児性水俣病患者の方々が作業を通して社会に参加する場として、地域に位置づいてきた施設です。5名の胎児性患者の方が話してくださる言葉を真剣に聞き取ろうとし、歩んできた人生に思いを馳せました。

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Bコースは袋小学校を訪問しました。小学校5年生との交流では、水俣病を学んで堂々と発表をする小学生の姿に圧倒される思いでした。「水俣病はうつりません。正しく学ぶことが水俣病を伝えるために必要なことです」という小学生からのメッセージをきちんと受け止めたいと思った生徒たちです。事前に準備した横浜クイズや神奈川学園の紹介をした後に、ゲームで楽しく交流し、沢山の笑顔が見られました。

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久しぶりの給食を一緒に食べることで更に親しみが湧き、交流の時間が終わってしまう時には別れがたく、いつまでも手を振り合っていました。

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午後に遠見の家でお会いしたのは坂本しのぶさんです。付き添っている谷さんを介しながら、小学校の時に自分一人でバスに乗ろうとしたことや、できないと決めつけられて悔しい思いをしたこと、「いつでも走っているね」と言われて嬉しく思ったことなどを訥々と語ってくださいました。「水俣病は終わっていない。終わらせてはいけない」という言葉がしのぶさんの口から発せられた時、今まで感じたことのない重みを持ってその言葉が伝わりました。

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偶然同席した生駒秀夫さんからも、突然発症した水俣病に苦しんだ経験を伝えていただきました。就職の時に「水俣病患者には仕事はない」と言われた体験は、今でも生駒さんの心を傷つけていると感じました。生徒は受け取ったメッセージを忘れまいと気持ちを新たにしました。

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宿舎に帰ってから、山下善寛さんにお会いして、チッソに勤務し組合活動を通して「人として大切にするべきことは何か」を問い続けた闘いの経緯を伺いました。チッソが排水を止めなかったことが何をもたらしたのか、当時の様子を現在に引き付けて多くの生徒が考えました。山下さんのお話は、現代の企業や労働問題にもつながるだけでなく、水俣病に関する「責任」の所在を問いかけるもので、ずっと考えていく宿題を渡していただく講話でした。

 

<3日目:山で過ごし、その豊かさを味わう一日>

3日目も2コースに分かれてのプログラムでした。

Aコースは鹿児島県との県境にある石飛地区の天野茶屋を訪れました。一面に広がる茶畑でお茶の葉を摘んでみたり、囲炉裏を囲んで天野さんのお茶づくりの話をうかがったりしました。日常にこれほどゆっくりと流れる落ち着いた時間があるのだと知り、生徒の気持ちは柔らかくほどけていきました。

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美味しい郷土料理をいただいた後は外で野遊びを楽しみました。鹿児島県との県境まで登って記念撮影です。斜面を使ってダイゴロ遊びをする時には幼い時を思い出して、大笑いしながら楽しみました。

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Bコースは久木野地区の愛林館を訪れました。ここでは手作り豆腐と鴨鍋ならぬアヒル鍋を作りました。うどんを作るチームと豆腐作りのチームに分かれてそれぞれ丁寧に食事を作りました。目の前でアヒルが解体される様子を見ながら、生きていくために他の生きものの命をいただいていることが実感として分かりました。

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お腹いっぱいのお昼ご飯を楽しんだ後は棚田の里を散策しました。水源の森の湧き水の冷たさに歓声を上げ、なだらかな坂道を下ります。途中で草を食むヤギの親子と出会って記念写真を撮ったり、工夫して積み上げられている石垣の見事さに先人の知恵を感じたりしながらの散策となり、「豊かさとは何か」に思いを馳せる午後となりました。

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不知火海を臨む「海と夕やけ」に宿舎を移った三日目の夜は、シンガーソングライターの柏木敏治さんにコンサートを開いていただきました。水俣病患者やその家族の傍にいて気持ちに寄り添いながら曲を作ってきた柏木さんの歌声を聞きながら、歌詞の内容を現地での出会いに重ねて「声にならない声を聴く」体験をした生徒たちです。最後には『春の汽車は遅い方がいい』を全員で歌いました。

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<4日目:水俣の「これから」を考える一日>

最終日となる11月10日は現地フィールドワークのまとめとなる日でした。午前中は、相思社水俣病考証館を見学し、スタッフの永野三智さんにお話をしていただきました。相思社は坂を登ったところにあり、不知火海を臨む丘の上にあります。水俣病の相談に訪れる方はこの坂を上ってくるのだと思いながら歩きました。

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考証館は「水俣病を語るもの」の実物展示で構成されています。漁民が使っていた道具、患者に届いた嫌がらせのハガキ、デモに使ったゼッケン、水銀のヘドロなどが展示されています。静かな空間に水俣病の苦しさと複雑さ、怒りと悲しみが満ちているようでした。生徒たちはメモを取りながらも真剣な眼差しで展示品を見学していました。

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見学がひと段落したところで、永野さんは「何が一番印象に残りましたか」と問いかけながら、生徒の言葉を拾って解説をして下さいました。展示品の持つ背景が浮かび上がってくるようでした。その後、亡くなられた水俣病患者の位牌を祀っている仏間でお参りをしてから永野さんのお話を伺いました。相談を受けている時の思い、水俣病市民の中で水俣病がどのように受け止められているのかなど、永野さん自身の体験をくぐらせながら私たちにメッセージを伝えて下さいました。「水俣病の当事者は誰か」という問いが生徒一人ひとりの中に残るお話でした。

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昼食は福田農場でパエリアを作りました。彩り豊かなパエリアはとても美味しかったです。

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最後のプログラムはエコネット水俣訪問です。石鹸工場の見学をし、環境再生の取り組みの一環として石鹸を使う意味を教えていただきました。水俣病の教訓を忘れずに、生活の中でできることから始めていく、そしてその取り組みを継続する大切さを学ぶ機会となりました。

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様々な角度から「水俣病」を学び、メッセージを受け取って考えたフィールドワーク。生徒一人ひとりの心には水俣の自然の豊かさと人のあたたかさが刻まれました。日常に戻ってからも、水俣での学びを活かしていけるとよいです。

2018年12月 3日 (月)

《高校1年》 FW水俣 埼玉大学生との交流会

11月29日の午後は2時間連続でフィールドワークの授業がありました。国内フィールドワークで水俣方面に参加した生徒が埼玉大学安藤聡彦先生ゼミの方々と交流しました。水俣での旅を振り返り、新たな気付きを得る機会となりました。

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高校1年生の代表生徒が11月中旬に出かけた水俣の旅をスライドで振り返りました。それぞれの場面で感じたことを自分の言葉で堂々と伝える姿に水俣での出会いの豊かさを思いました。

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次に埼玉大学安藤ゼミの方々が自己紹介を兼ねて、研究テーマや水俣との出会いを話してくださいました。進路選択の時期と重なることもあり、高校1年生は少し先の自分をイメージしながら聞いています。自ら問題意識を深め、研究テーマやこだわりをまっすぐに伝える姿に心動かされていました。

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いよいよ交流の始まりです。高校1年生は現地で最も印象に残った出会いや言葉を拾い、スライドにして説明をしました。訥々と、ではありましたが、何故自分がこの言葉に引っかかったのかを言葉を尽くして語りました。大学生は一人ひとりの言葉に真剣に耳を傾け、更に深まる問いを投げかけます。水俣や水俣病を通して「人間とは何か」「社会はどのようにあるべきか」を考える機会となりました。

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交流会後半は、新たに3つのポイントを設定して「水俣病から何を学ぶのか」を共に考えました。模造紙に付箋で「気になった言葉」を書き、ある程度出揃ったところで分類分けをします。組み立ても分類も自由なので、チームで相談しながらの作業はとても楽しそうでした。あるチームは模造紙の中央に大きく「欲」と書いていました。水俣病が起きた原因だけでなく人間の持つ「欲」には様々な種類があり、一概に否定せずに考えようとする姿が印象的でした。

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付箋を貼る時には一つの作品を創り上げるつもりで丁寧に取り組みました。大学生のアドバイスは的確で、生徒はじっくり言葉と向き合います。ある程度完成したところで、全員の前で発表する機会を持ちました。

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発表会でも様々な見方や意見を聞くことができました。あるチームは、愛林館で食べたアヒルと、水俣病発見に欠かせなかったネコ400号実験を重ねて考えることができ、人間以外の動物から命をいただく意味を考えました。また、差別や偏見について考えたり、胎児性水俣病患者と障害者の人権を合わせて考えたりもしています。生徒自身が「意見を交わしあって学びが深まっていく」楽しさを実感できた2時間でした。

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埼玉大学・安藤ゼミのみなさん、ありがとうございました。

2018年11月 2日 (金)

《高校1年》 フィールドワーク学年集会

高校1年生は、来週火曜日から3泊4日で、フィールドワークに出かけます。

それに先立って、学年集会を開きました。沖縄・京都奈良・四万十川・岩手宮城・水俣各方面の隊長から、「私たちは何のためにフィールドワークに行くのか」が、一言ずつ語られました。

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沖縄

「今、基地問題に揺れる沖縄の現地に立ち、自分の目で確かめて、『辺野古への移設がどうなるのか?』を考えたいです。」

「2日目には、ひめゆりの塔を訪れ、ガマに入ります。たくさんの不発弾の眠る土地で、白梅学徒隊の方のお話を、しっかりとお聞きしたいです。」

 

京都奈良

「『知ることは理解することの第一歩』自国の文化を理解することが、他国の文化の理解と尊重につながるような学びにしたいです。」

「古の建物だけでなく、現在の京都の街並みもしっかり見てきたいです。また、『文化財の未来への継承』について考えたいと思います。」

 

四万十川

「フィールドワークの行程は、森から川そして海へと進みます。現地でなければわからないことを、五感を働かせて実感したいです。」

「現地には、『過疎化』の問題があります。地域と社会の問題として、『過疎化』の現実を学びたいたいと思います。」

 

岩手宮城

「小4の時に改修工事前の『一本松』を見ました。学習したことで、今の自分には違ったものが見えると思います。現地に立って確かめたいです。」

「『盛土』をめぐって調べ、考えています。実際に盛土の風景を目にして、現地の方のお話を聞き、復興について考察を深めたいです。」

 

水俣

「水俣資料館の杉本さんが講演の中で『今の水俣を見てほしい』とおっしゃっていました。水俣病をどう乗り越え、どう伝えているのか、知って、それを自分が語れるようになりたいです。」

「事前に知識は持ったけれど、こんな自分で行っていいのかと迷いがあります。現地で、辛くても逃げずに『人の命にかかわること』に真摯に向き合いたいです。」

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最後に、学年主任の高橋先生からお話がありました。

「水俣方面隊長の話の中に『現地では、本当は語りたくないことを語ってくれる人がいる』という言葉がありました。どの方面も、現地でお話を伺う機会があります。一期一会の出会いから、伝えようとする思い、言葉を丸ごと受け止めてほしいです。

皆さんが中学生の時、『大石又七さん講演会』で、第五福竜丸展示館学芸員の市田さんが、『語り継ぎ部』とおっしゃっていたことを思い出します。みなさんは、バトンを渡されて『語り継ぎ部』になるのですね。現地で学んだこと、感じたことを自分の言葉でしっかり記録してきて下さい。」